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2020.05.06 Wednesday

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    早朝の歓び爛乾濬Δせ曲皚

    2016.07.11 Monday

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      最近、しみじみと人の役に立つ事の喜びを感じています。

       

      愛犬(柴犬)との早朝の散歩がてらに爐舛腓辰肇椒薀鵐謄ア瓩竜せちで
      ゴミ拾いを始めて10年になりました。

       

      雨の日も風の日も雪の日も… 毎日、早朝から休むことなくゴミ拾い散歩を続けています。

      今ではそれ(ちょいボラ)が楽しみとなり日々の日課となっています。
      ゴミを拾おうと思えば、誰にでも簡単にできますが、自ら進んでゴミを拾う事によって、
      街や通りがきれいになり、人の役に立ち、自分のトレーニングにもなるんですから、
      こんな有難い事はありません。

       

      今度、縁あって福岡市より環境行動賞の奨励賞を頂きました。
      これからも素直な気持ちで、この喜びを継続してゆく事が私の役割だと思って
      頑張っていきたいと思います。皆さんも如何ですか?

       

      こうすけ爺さんとジオ
      新川 宏輔

      〜人生には何回か有難い出会いがある〜

      2016.05.25 Wednesday

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        久し振りに、この人とは昔、前世から縁があったんではないかという人と出会った。
        唐津の “家族亭あずま” という店で寿司を握っている日高さんという六十才前の男性の方だ。
        今年の4月15日(金)〜16日(土)と嬉野温泉ホテル桜に一泊で家内と
        伊勢えびや佐賀牛のごちそうの出る割安の企画に乗っかって旅行した帰りに
        天気も良いし、海のきれいな唐津方面に行って見ようという事になり、
        名所旧跡の旧高取邸を探索した後、ちょうど昼過ぎになったので、
        通りすがりの店 “家族亭あずま” が目に着き、他で知った処もないし、
        ちょっとした腹拵えのつもりで寄った訳だが………
        何とその店の1Fのカウンターで食べた上にぎり寿司のそれは旨い事。
        ここ数年食べた事のない美味しさに、心身共に感動した。

        私は特ににぎり寿司が大好きで、いつも“口の中で花が咲く”と
        口ずさんでビールと共に食しているのだが、
        ここのところ回転寿司(スシロー等)に押されて専門の寿司屋は今ひとつ元気がない。
        自宅近くで良く通っていた専門の寿司屋 ”O寿司“ も最近は客足が減少しているのか、
        大将も元気がなく、「俺の寿司を食わせてやる」といったこれまでの威勢もなくなり、
        淋しい限りだと思っていた矢先だったので、ここの寿司に出会えた事は本当に嬉しかった。
        初めて行ったいちげんの客なのにこんなにおいしい寿司に出会えるなんて…
        この素晴らしい寿司に出会えたのは何かの縁…
        つまり、有難い出会いではなかろうかとつくづく思った。

        日高さんのにぎり寿司についてだがネタはピチピチした唐津の磯物、近海物を少し押さえ気味に、
        シャリはちょっとかた目だが口の中でネタと交り合って何とも言えない食感を醸し出してくれる。
        これこそ正しく握り手の腕そのものなのだろう。
        日高さんは人生の表も裏も知り尽くした優しい(軟派?)方だと私は見たが、さてそうだろうか。
        日高さんと意気投合するのに時間はかからなかった。

        それからというもの、唐津の宮島醤油の会長が出した「去華就実」と
        唐津郷土の先覚者たちのルートを伝って、ほぼ毎週家内と一緒に唐津の名所旧跡と
        “家族亭あずま” の日高さんのにぎり寿司を食べに通っている。
        今度行くと5回目になりそうだ。

        人生75才を越えてこんな有難い出会いがあるとは、
        私は本当に幸せ者だと心から思っている。

        こうすけ&ジオ

         

        〜猫の時代にもの申す〜

        2016.03.21 Monday

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          最近猫がマスコミに取り上げられているなーと思っていたら
          2〜3日前の新聞で犬を飼う人より、猫を飼う人が多くなったという
          見出しでペット事情の変遷が三面記事を賑わせていた。
          私は生き物が好きで、特に人間から虐げられている動物に情けを感じ、
          我が家の庭を仮の住まいにしている野良猫や家の前の電柱に止まっている
          烏夫婦(人間みたいには浮気はせずに一生添い遂げる)に食パンのえさを
          与えて家内から叱責を買っているが、家で飼っているのは柴犬のジオ君(2才雄)で、
          朝早くから一緒にゴミ拾い散歩、そしてドライブに行く時はいつも一緒、気立てが良く、
          目に入れても痛くない程可愛くてしょうがない愛犬だ。
          本当にあの円らな瞳を見ていると元気が出てきて、
          「永く生きて君の面倒をみるからね」とつい口ばしってしまう。
          犬はオープンで気持ちを出して喜んだり拗ねたりするし、活動的なので、
          世話もやけるので昨今の高齢化社会ではほったらかしでも飼える猫の方が
          飼いやすいという事らしい。
          私は猫が嫌いではないが、昔からの諺に“猫かぶり” “猫なで声 ” “猫ばば”という言葉が
          ある様に何となく犬の様に本音を出さず、誤魔化している様に見える。
          この本音を出さないのが社会に受け入れられるとすれば、何か気になるところである。
          いや実は気になってしょうがない。
          猫には悪いが、猫の時代に一言、もの申す気持ちになった次第である。

          こうすけ&ジオ