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2019.03.19 Tuesday

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    セミの哲学〜ニューパラダイム

    2011.10.15 Saturday

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      <セミの哲学〜ニューパラダイム>

      「早く散歩に行こう!今日もゴミ拾い手伝うよ。ワンワン」…いつものようにミミちゃん(柴犬)のかけ声で、早朝の「ゴミ拾い散歩」へ出発。この日は幸運にも、セミが羽化して大空へ飛び立つ準備(したく)をしている姿に出合いました。セミは自分の身を守るため、夜に幼虫のまま木に登り、明け方成虫になって飛び立つそうです。ミミちゃんは「これなんだ?」と首をかしげ、不思議そうな顔でセミをじっと見つめています。

      わたしはそこで、ふと17年前(53歳)のことを思い出しました。アパレルと飲食事業に失敗し、再起の途中、生活を維持するために午前3時30分ごろから起きて、旬工房のパンや総菜を配る仕事をしていました。あたりはまだ暗く、夜行性の動物が活動する漆黒の闇と、ひと気のない静けさにつつまれながら懸命に働きました。 
      だけど、わたしは決して落ち込んだり、暗い気持ちで仕事をしていたわけではありません。
      The days of smile and dream…理屈っぽいけど根は楽天家、ロマンチストでもあるんですよ。
      きれいな星空を見上げながら一人だけの静寂を楽しみ、夜が明けていく清々しい朝の気配が大好きでした。

      その時、なぜかセミのことを考えていました。一般的にセミは暗い土の中で幼虫のまま7〜8年暮らし、土の上で成虫になって1週間しか生きられない可哀想な小動物…と思われているようです。人間が勝手に狭い考え方で決めこんでいるのではないでしょうか。わたし自身、夜が明けやらぬ真っ暗な中で楽しく動き回っているように、もしかしたらセミの幼虫も暗い土の中で静かに物思いにふけったり、遊びながら楽しく生活したり、人生を満喫しているかもしれないという思いがふくらんできました。これこそ「ニューパラダイムだ!」まさに「セミの哲学」ではなかろうか…と閃いたのです。考え方しだいで物事を広く、深く見つめることができるし、こんな楽しい発想もできるんだ。よし、わたしも頑張ろう!…小さなセミの一生から「生きる知恵と勇気」をいただきました。なんとありがたいことでしょう。

      ミミちゃんと一緒に「ゴミ拾い散歩」をしていると、自然界の生命(いのち)の営みにさまざまなことを教わったり、助けられたり、自分の生き方を重ね合わせたり。退屈しないでおもしろく人生を歩いていける。そんな気がしてなりません。ミミちゃん、これからも仲良く楽しく「ゴミ拾い散歩」を続けようね。
      …さて、そろそろ「こうすけ爺さんの自然工房」へ帰ろうか。

      「土の中 自分の生命(いのち)を 育ます セミに見習う 人の生き方」(こうすけ)

      ゴミ拾いで小さな生命(蟻)を慈しむ

      2011.10.04 Tuesday

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        <ゴミ拾いで小さな生命(蟻)を慈しむ>

        早朝、ウォーキングをかねたミミちゃん(柴犬)との散歩で「ゴミ拾い」を始たのは、5年前の8月16日。今では、この「ゴミ拾い」がわたしの喜びとなり、続けることが生きがいになっています。ある時、こう言われました。「よく続くね。人が捨てたものを拾うなんて、僕だったら頭にくるよ」と。だけど、苦になるどころか、ゴミを拾っていることが楽しく、清々しい気持ちになるのです。

        振り返れば、すべてが仕事中心の生活でした。ビジネスに明け暮れ、会食やゴルフ…おつき合いも忙しくこなし、わたしの「生き道」をびゅんびゅんとかけ足で直進。日々を一瞬の景色として見過ごしてきたことが、なんと多かったことか。もっと丁寧に生きてこられたのかもしれない…と気づかされたとき、世の中のために役立つことをしたいという思いが強くなったのです。見過ごしてきた道への「償い」と、生かされていることへの「感謝」。少しでも環境を良くしたいという「奉仕」。わたしができる、そのカタチが「ゴミ拾い」だったのです。おかげでさまで、ざまざまなことを教えられ、気づかせてくれました。

        ビニール袋とトング、軍手を持ってミミちゃんと一緒に「ゴミ拾い散歩」へ出発。朝日が差し始めると草木や花、鳥や虫たちが優しくあいさつをしてくれます。四季折々の自然界の息づかいは気持ちがいいものです。夏は小動物も活動的で、ゴミ拾いをしているとよく「蟻(アリ)」を見かけます。菓子袋やジュース缶などに群がる蟻たちが、一生懸命働いている姿を見ていると愛おしくてなりません。うっかりゴミ袋の中に入った蟻を見つけた時、わたしの悲しみ様は尋常ではありません。袋をひっくり返して助けてあげるのですが、蟻は仲間から離れると、さみしくひっそりと死ぬらしいのです。可哀想なことをした…と自責の念にかられます。

        わたしは生き物が大好きで「生命(いのち)あるものを尊ぶ」というのが信条です。昔ほど身近に蟻を見なくなったのは、環境の変化だけでなく、一生懸命生きている蟻を、人間が勝手に害虫と名づけて、駆除しているからでしょう。じつに残念です。
        この世に生を受けて、ここに生かされているすべての「生命」は、かけがえのないものです。わたしは「生命」を慈しみ、大切にすることは人としての使命であり、思いやりをもって共生していくことが役割だと思っています。

        明朝もミミちゃんと「ゴミ拾い散歩」を楽しみながら、蟻たちと他愛のないおしゃべりに興じることでしょう。「生命を慈しみ、人生を楽しむ」って、なにげない日常から生まれるんですね。地道にコツコツと…「人生を楽しむ道」のどこかで会いましょうや。

        「早朝の 犬との散歩の ごみ拾い 蟻の生命(いのち)を 慈しみ拾う」(こうすけ)

        こうすけ爺さんとミミちゃんの楽しい暮らし

        2011.09.15 Thursday

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          <こうすけ爺さんとミミちゃんの楽しい暮らし>

          「こうすけ爺さんの自然工房」を建てた13年前の9月。生まれたばかりの柴犬が、わが家の家族(長男)になりました。名前は「ミミちゃん」。三人の娘「ミナ子・仁規(ミキ)・方美(マサミ)」の「ミ」をとって、妻が命名しました。
          わたしとミミちゃんはいつも一緒。車で遠出するときは、助手席がミミちゃんの指定席です。どんなところでも寄り添い、ついてきてくれます。なにを語り合ったわけではないけれど、一緒にいる「時」の深さが、わたしとミミちゃんの交わしてきた言葉です。そういえば、こんなこともありました。妻と大ゲンカしたとき、「ぼくはケンカが大嫌い。だから、もうやめて!ワンワン」と仲裁に入ってくれて一件落着。

          やさしくて草食系。しかも、Going my way…マイペースなミミちゃんとの暮らしは愛情に満ちあふれ、互いを慈しむ固い絆で結ばれています。そんなわたしたちの日々を間近で見ていた娘の方美(三女)が、「こうすけ爺さんの自然工房」の商品カタログに、わたしとミミちゃんのイラストを描いてくれました。自然の恵みや環境にこだわった竹炭商品と、アットホームでほのぼのとした雰囲気のイラストが共鳴しメッセージとなって、多くの方々の心に伝わったようです。おかげさまで「こうすけ爺さんの自然工房」を知っていただき、たくさんの出会いがありました。
          すべての「ご縁」に感謝です。

          ミミちゃんは「こうすけ爺さんの自然工房」の炭のマットが大好き。いつもその上で眠っています。たまに、竹炭をかじっていることもあります。きっと炭のチカラがミミちゃんの「元気」にひと役かっているのでしょう。
          早朝、「ウォー」というミミちゃんの声で目覚めます。「早く散歩に行こう!今日もゴミ拾い手伝うよ。ワンワン」とミミちゃんのかけ声で、一日が始まります。少しでも環境を良くしたいという思いから始めた「ゴミ拾い散歩」は6年目を迎えました。散歩で友人ができ、顔見知りも増えました、今やミミちゃんはすっかり近所の人気者。
          9月1日はミミちゃんの誕生日でした。こんなに楽しい毎日を続けさせてくれて、ありがとう。そして読んでくれた皆さん、ありがとう。 

          「早朝の 犬の散歩で 友が出来 我が人生に 趣き加わる」(こうすけ)