神(他力)が宿る時

2018.02.27 Tuesday

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    私はこの年になる迄、何かあると神様に手を合わせて来た。
    新年の初詣は勿論、毎日神棚に自分の願い事を奉じて来た。
    確かに運は強い方であり、この年(3月6日で満77才喜寿)迄生命を頂いて来た。
    大きな天命を頂いた気持ちになって、頂上を求めて気を昂めた時期もあった。
    だが無残にもその願いは崩れ去り、地の果て迄も落ち込み、神から捨てられた様に思った。


    しかし今になってよくよく考えて見ると、
    神が私を捨てたのではなく、私が神を捨てたのではないかという事に気が付いた。
    遊行期(75才〜)になった今、如何に生命をつないでゆくかも定かではないが、
    神に守られるのはこういう時なんだろうと思う出来事に出会ったので記して見たいと思う。

    平昌での冬季オリンピックも色々な問題をかもしながらも花々しく終わり、
    日本選手の活躍も史上初のメダル獲得数(13個)で、連日テレビ漬けの方も多かった(私もその1人)と思うが、
    私達が期待した金メダル候補の1人にスノーボードの若干19才の平野選手(前回銀メダル)がいた。
    生命をも失いかねないほどの大事故を乗越えて臨んだ平昌オリンピック。
    絶対王者のショーンホワイトに対して果敢に挑み、前代未聞の技でショーンホワイトを追い詰め、
    ホワイトはプレッシャーの為、平野には勝ちきらないだろうと思い、
    日本人の一人として平野の金メダルに心の中で拍手を送っていたのだが、
    意に然わず、絶対王者のホワイトは素晴らしい演技を見せて金メダルを譲らなかった。
    強いなー、凄いなーの溜息で終わったのだが….。

     

    後日、NHKの臨時キャスターの上村愛子(元モーグルのオリンピック出場選手)氏が
    インタビューした折にショーン・ホワイト(31才)選手は
    『勿論、オリンピックに出る為には勝たねばならない。
    しかしそれ以上にプレッシャーが強くなれば強くなる程、気持ちがさらに強く大きくなり、
    自分の持てる力を150%出す事が出来る自分を見つめている』と言い放った。

    これこそ神が宿っているという事だろう。

    考え方によってはどんな人にも神は宿るだろう。
     

    神を自ら捨てる人は多いが......

    神を捨てない人はそう多くはいないのではないだろうか。


    こうすけ&ジオ

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