いのちをいただく 〜おちゃわんに残され、捨てられた米粒がかわいそう〜

2012.11.13 Tuesday

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    いのちをいただく

    〜おちゃわんに残され、捨てられた米粒がかわいそう〜


    私達は生きてゆく為に食べ物のお世話になっています。

    食べないと生きてゆけないわけです。

    主食のお米からはじまって小麦粉、いも類、野菜、肉、魚など

    数限りない食べ物、そして趣向品まで…

    つまり、いのちある生き物(動物・植物)のいのちを戴いているのが私達人間です。



    『いただきます。』と食事の前に手を合わせるのは、

    食べ物への感謝と “業(ゴウ)をおかす” 事へのつぐないだと思います。

    今、日本は世界で一番ゴミの多い国、そして食べ物の廃棄が一番多い国と云われています。

    もったいないを通りこした国になっています。



    私は最近、年とともに食べ物は生き物の “いのちをいただく” 事だ、

    お世話になって生きているんだという事がしみじみと解ってきました。

    食べ物も役に立って食べられるなら本望でしょうが、捨てられるのはかわいそうです。

    おちゃわんに残された米粒は一つ残さず感謝しながら戴いています。

    合 掌



    こうすけ&ミミ

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    2018.12.08 Saturday

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      コメント
      毎回、ブログを楽しみに拝見しております。
      こうすけ爺さんの動物、植物を問わず生き物に対するやさしい気持ちがいつも伝わってきますね。こんな気持ちをみんなが持てば、もっと心のなごむ世の中になるのになぁと思ってしまいます。

      私は小さな農家の生まれで、ごはんやお米は大事にすることが当たり前のこととして身体に染み付いています。ご飯を戴く際には、最後の一粒まで残さず食べます。小さいころに躾けられたからでありません。(言われたかも知れませんが….記憶にはありません)小さいころ、稲の収穫の手伝いをよくしましたが、母や、祖母たちが、脱穀作業の際に田んぼに落ちこぼれた稲穂の粒のひとつひとつまで、丁寧にひろう様子が私の中に刻まれているからだと思います。

      ほんの些細な光景ですが、今回の米粒のブログをきっかけに、その光景をよみがえらせるとこができて、ひとり久しぶりに胸がじ〜んとしてしまいました。そしてそんな記憶を持っている自分がとても幸せ者だとも思えたのです。これもこうすけ爺さんのブログを読ませていただいた事が引き金になりました。
      これからも、こころのやさしさを思い出させてくれるこうすけ爺さんのブログを楽しみにしています。
      ありがとうございます。

      こうすけ爺さんブログファン勝手に第1号より
      • by こうすけ爺さんブログファン勝手に第1号
      • 2012/11/22 1:34 PM
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